国スポ予選 兼 横山杯 バドミントン大会

先週末(5/15-17)に、私が幼稚園~高校卒業まで育った女満別・網走・美幌へ10年ぶりに行って来ました。

17年前に他界した父が立ち上げに関わって初代の会長を務めた「北見地区バドミントン協会」主催の「国スポ予選 兼 第18回横山杯」が、5/17(日)に網走市総合体育館で行われるため、命名のお礼を兼ねて父の遺影を持参して行く事が今回の目的の1つでした。
以前「国民体育大会=国体」と呼ばれていた大会が、今は「国民スポーツ大会」なので「国スポ」と呼ばれています。

開催地、網走市バドミントン協会の会長のはからいで、開会式で私が父の代わりに挨拶する時間をいただき、父の経歴を合わせて話をしました。

父は、帯広大谷高校バドミントン部を全国大会常連校に育て上げ、その後、公立高校の教員になりました。公立高校の教員として初任地は、当時、定時制の農業高校だった女満別高校でしたが、定時制高校のため部活は活発ではなかったようです。

帯広大谷高校での実績を知っていた当時の網走高校バドミントン部の監督からの依頼で、父は女満別高校で教鞭をと取りながら網走高校バドミントン部を指導し、網走高校を全国大会へ導きました。そうしながら、北見地区バドミントン協会の立ち上げにも貢献したようです。

大会の開会式後、「私の母が帯広大谷高校で横山先生から指導を受けました」とか、「私は網走で横山先生から指導を受けて、仲人までしていただきました」という方がいらっしゃるなど、思いがけない嬉しい出会いがありました。

さらにビックリしたのは、父が指導して網走高校時代に全国大会へ行った選手が、その後、当時の北海道女子短期大学(道短=今の北翔大学)へ進学し、女子ダブルスで私立大学の全国大会で優勝していた事。

その選手は、短大卒業後、当時の拓銀や地崎工業からの誘いを蹴って、札幌市役所に就職し、出産前までに北海道選手権などで3連覇していた事などを聞きました。

しかも、その方の息子さんが、10年以上前に大谷地クラブのシングルス練習へ来ていたんです。その時「網走高校時代に横山先生から指導を受けていました」とだけ聞いていて、まさかそんな凄い方とは知らなかったんです。

網走高校時代は、網走〜女満別までの約15kmを走って来て、女満別の体育館で練習後に走って網走へ帰ったという事も聞かされました。しかも、夜の練習後ですから、今ならあり得ませんね。「でも、練習が辛いと思った事はなかった」と言うんですから凄いですね。それに「横山先生の指導は強硬なスパルタではなかったし、ちゃんと理解できるように指導してくれたのが良かった」とも話していました。嬉しいお言葉です。

私は、父の功績の足元にも及びませんが、父のお陰で網走高校バドミントン部で全国大会へ行った、当時の父の教え子さんら(60歳代後半)を含め、バドミントン協会役員らと会食を楽しんで来ました。

帯広大谷高校

網走高校

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